よこはまの司法書士日記

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ポットキャスト

こんにちは。司法書士の廣澤です。 

ネタ切れで更新が遅れていましたので、ジョギング中にポットキャストを聞いて、

無性に書いて考えてみたくなったので、その感想でも。

 

ポッドキャスト

超相対性理論 - #24 美とは何か(後編)【超相対性理論】

 

内容を理解できたかは微妙ですが、美は絶対的ではなく、主観の美と社会のその時々の暫定的な美という、強い美と弱い美があって、互いに”ノック”しあうことで、入れ替わりも起こることで、美は更新され続ける。というようなお話でした。

 

美とは、その瞬間の善悪の判断基準(善の塊ほど美だと感じる)を指すのかもしれませんね。善悪の基準は当然、無数にあり、更新され続けるため、美も同様に語りえるものではなく、かなり不安定で曖昧なものなのだろうと思いました。

 

美について語るときに「社会」をどう定義するかですが、2人以上の集団を社会と定義したとすると、個人は人口である程度数が定まっていますが、社会はそのくくりごとに存在するので、判断基準が無数に存在します。

 

そして、善悪の判断基準は社会ごとに存在しますので、同様に美の基準も無数にあることになります。ここにポットキャストの話を付け加えると、強い美と弱い美があり、強い美と弱い美が交互に干渉しあうことで、それぞれ美が変化するという話でした。話をややこしくしているのは、この無数にある基準、社会と、その強弱が見えない事なのかもしれませんね。

 

①社会全体の美・善悪

②社会ごとの美・善悪

③個人の美・善悪

 

①の美について”ノック”する機会が少ないと、「センスがない」「見る目がない」と言われ続けそうですね。②の美については、ある社会では「センスがないね」と言われ、ある社会では、「イケてるね」といわれることになりそうです。③の美は①とかけ離れていれば、奇人変人と言われそうです。

この②③の美と①の美が干渉しあうことで、暫定的な人類にとっての美が更新されていくこと自体が、美とは?という質問に対する回答という事でしょうか。

 

最後に、気づきになった、ノックについて。ノックしなければ、美は更新されない(筋トレがないと筋肉がつかないように、美的センスは磨かれない)という話がありましたが、これは自分でノックするのではなく、先にノックした人を見るのでも一定の効果が得られるのではないかと思いました。 

別の人の美である③の美に近づきたい場合に、③自体をノックするという方法以外にも、③の美だと評価されている人の作品を見ただけでも、案外、近づくことができそうですよね。

 

と、長くなってしまいましたが、かなり面白い話でした。

考えがいのあるテーマで、ワクワクしますね。では、今日はこの辺で。

 

 

 

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